2009年1月4日日曜日
瞬きしてる間に
2008年12月11日木曜日
瞬きしてる間に
毎晩踊る2セット中、1セット目が踊り終わり、控え室から出口に向かう途中、化粧室から出てきた女性と出会う。
特に知り合いでもないのだけれど、彼女の当たり前のそぶりと勢いにつられ、とりあえず挨拶を交わし、両頬にキスを1度ずつ交わす。
その後、「あなたの名前は?」と聞かれる。
「私はマリコ」
そして今度は私が、「(じゃあ)あなたは?」とも聞く。
彼女が名乗る。
彼女がポケットに手を伸ばし、携帯電話を取り出す。
なんだ、女性も電話番号を聞いてくるのかい、と思ったら、彼女がカメラ機能付きの電話を持つ手を遠く伸ばして、自分に向け、写真を撮る姿勢になる。
よく分からないが、カメラの方を見つつ顔を合わせて笑顔を保つ。
シャッターを切り終わった後、カメラ付きのその電話で画像を確認。
彼女、「Tu es jolie(あなたきれいね)」
「Toi aussi(あなたもきれいね)」
・・・と言える前に彼女はもう消えていた。
フランス語は自分で理解するまでにちょっと時差があるのだけど。
この一連の出来事、瞬きしてる間に起きた。
やっぱりアルジェリア、おかしな国だと思う・・・。
2008年12月8日月曜日
ライードのとーらい
正式名称はEid ul Adha。
犠牲祭と訳されるイスラム教の祝日が、今年のアルジェリアでは12月8日と9日に定められた。
さて、でも何故宗教的な大事な祝日が、今年はいついつに・・・という風に定められなければいけないのか。最近は日本の祝日も便宜を図るため、1月の第2月曜日などという風に設定される場合もあるけれど(だとしてもいつが休みになるかは前もって分かるし今後だって分かるよね)、主要な祝日はやはり2月11日は建国記念の日、のように月日が設定されているもの。
というのもイスラム教社会は、ヒジュラ暦と呼ばれる太陰暦(純粋太陰暦)を使用しているため、1ヶ月が29日間の小の月と、1ヶ月が30日の大の月を交互に繰り返した方法で1年を数え、地球が太陽を回る周期との修正を行なわない結果(閏月による地球が太陽を回る周期、すなわち季節との補正を行わない)、1年間が354日となり、1年ごとに11日ほど太陰暦とずれていくから。
(Wikipedia参照)
イスラム教の国は世界中たくさんあるけれど、この宗教的行事では、どこの国でも何らかの動物を犠牲にし、預言者ムハンマド(モハメド)と共に五大預言者のうちの1人のアブラハム(イブラハム)が進んで息子のイシュマエルをアッラー(イスラム教の神)に犠牲として捧げたことを世界的に記念する。
例えばパキスタンではこの犠牲の対象となるのは山羊。
アルジェリアではこの対象は羊となる。
さてここアルジェリア、日頃から道端を羊飼いと羊の群れが普通に歩いているし、外出の際、車窓からちょっとした草原をチラッと見やると羊が懸命に草をほおばっていたりもする。
そしてライード到来数日前、外出した折に気付いたこと数点。日頃はまばらに見る羊たちと羊飼い、この日ばかりは主要道路沿いに皆(羊もか?)でたむろってる。要するに、人々が一家に一頭、羊を買って帰っていく。ある人は、羊の首にロープをかけて歩いて帰る人、またある人はセダン車に乗せて帰る人。
そう、連れて帰られる羊は、ライードの初日まで各家庭で育てられ、ライード当日、喉を切られてとさつされる(やっぱり内心かわいそう、と思ってしまう・・・)。そう、アッラーに捧げる生贄になるために。自然の恵みや動物のおかげで成り立っている人々の食生活(ベジタリアンはちょっと違うかもしれないけれど)、偽善者ぶるつもりはないけれど、この行事に招待されなかったことに、我胸撫で下ろす。ライードのこの一番の行事、これにまつわる話は山とある。
例えば、とさつを実行するのは通常家族の父親と長男だったりするのだけれど、場合によってはその仕事をする人を雇ったりもする。そしてその行為を実行する人たちは、やむを得ぬ事情がある場合意外(職業がレストランのシェフだったり)、皆、爪、ひげ、髪の毛を最低事前10日間は切ってはいけないという。貧しい人にも食べ物を分け与えてあげるというイスラムの教えから、その羊から得られるご馳走である肉の3分の1は家族で頂き、残りの3分の2は、彼らに近い貧しい人から優先的に分け与えてあげる。自分が食する分よりも多くを、恵まれない他人に分け与える。
そしてこの羊、一頭、大きさによって25,000ディナールから35,000ディナール(大体35,000円~60,000円前後)で売買されるそうで、これはローカルの平均的収入の1ヶ月分から2ヶ月。かなり贅沢なもの。ちなみにフランス語のおじさん先生は、「羊は高いから買えないよ~」なんて言ってたなと思い出す。となると彼はお肉をもらう側なのだろう、と。
この他にも内臓は当日、でもお肉自体を食するのは血抜きをした翌日、要するにライード2日目、とさつを行なう時間帯など、事細かに決め事があるよう。
どっちかというと、このライード、どこのスーパーでも正月三が日はお店を閉めていた一昔前の日本のお正月みたいなものにさえ感じる。国を挙げてのお祝い(?)事、当日お店は例外なく、ほぼ全てが閉まっていて、外には人っ子一人見当たらない。今年は家で餅つきするの?いや、手間隙かかるからやらないよ~、なんて餅つきと羊の生贄の行事とを重ね合わせてみたりもする。
ライードおめでとう、「サッハアイデック」と声を掛け、一足早く、小声で、いや、普通の声の大きさで、明けましておめでとう!と言ってみる。
2008年12月2日火曜日
ショートヘアにしたい衝動に駆られたそんな日
週に2度、先に言ったフランス語の教室に通い、強制的に踊らされるトロピカルダンスの練習に励み、空いた時間には衣装を探しに日中街へ遠出したり・・・。
そんな中、忙しいから長い髪を乾かすのが面倒でショートヘアにしたい衝動に駆られた。。。
という訳ではない。
これは、ショートヘアの、ある女の子のお話。
彼女の名は、セリナ。
半分ベルギー人の、アルジェリア人。
出会ったきっかけは、例のトロピカルダンス。
そして歌手のこの彼女、実は今回一番活躍した人物。
それもそのはず、彼女、実は過去5年間モロッコでダンサー兼歌手を仕事にしていたそう。フラメンコやバレエ、ジャズダンスやラテンダンス、一般的に知られているダンスは多少なりともおさえているけれど、私にはあまり馴染みがなかったセガダンスやズーク、ラガやレゲエ、アフリカンダンスだって、ダンス一般全てをおさえていてそれはそれは頼もしい。
始めは彼女、ちょっと踊れるな、なんて思っていたのだけれど、ちょっとなんてとんでもない。パターン化せずに、見ていて楽しいダンスをするではないですか。元気でクレイジーで、なんと言っても彼女自身がエンターテイメント。私にとっては、色々参考にもなるエンターテイメント。
些細な要素がトラブルに発展してしまうケースがあまりにもありすぎるこの世界、私もあまり不必要な関わりを持たないように活動していた手前、彼女だけはもっと早くに知っておきたかったと思う今日この頃。というのも彼女、夏の間も1001Nuitsで歌っていたらしく(私も週末はそこで踊りますけれど、終わったらその場をとっとと去ってるので)、今回の彼女のカムバックは、お客さんの要請から実現したという、実力派。
歌唱力も抜群で、見ていると元気を分けてもらえる、そんなセリナ。
たまにおかしな声を出すけれど(笑)、それもまた、エンターテイメントなのだから。
そう、そして最近私は忙しい。
彼女とブルガリア人のバンドの演奏を観に、聴きに、毎晩のように1001Nuitsに入り浸ってしまっているが故。吸収できるときは寸暇を惜しんでその環境に入り込むのが、いつからか私のやり方。
そしてショートヘアのその彼女を見て、こう思う。
ショートヘアも悪くないな、と。
2008年11月30日日曜日
今が旬
アルジェは、緯度で言えば仙台と同じぐらいらしいのだけれど、地中海に面しているせいか、そのわりには極端な寒さは感じられないような、気もする。
そんなアルジェも、ここ最近、それなりに寒くなってきた。
日本の寒さに比べれば何てことはないのだろうけど、この季節、天候が不安定だったりと、結構雨の日が多かったりする。
こんな中、良くも悪くも季節感など全く感じさせないホテルも珍しい。
そう、実はこのホテルでは、29日の土曜日から1週間(イスラムの国ではほぼ1週間は土曜日から始まります)、トロピカルウィークたるものが開催されている。それにちなんだ物(ちょっとした食べ物だけのようですが)の他に、エンターテイメントの一貫として、私たちアーティストは実は良い迷惑を被っている。
それは3週間ほど前のこと。
何の相談もなしに勝手に結成させられた女性トリオ。それは、次の人物から成り立つ。ブルガリア人歌手、アルジェリア人歌手、そして日本人ベリーダンサー。そしてそのトリオに下った命令とはトロピカルダンスを踊れということ。言わずと知れて、私たちのプロフェッションの枠外である。
普通は、意味が分からない。
普通は、あってはならないこと。
普通は、抗議したっていいこと。
大体、トロピカルダンスとは何ぞや。
ハワイアン、タヒチアン・・・と頭を駆け巡るダンススタイル。でもさすがアフリカ(アルジェリアは北アフリカに位置しています)、トロピカルといえばマダガスカルとかモーリシャスとか、アフリカの南東に位置する島々、その辺のことを言ってるらしい。故にダンスはセガダンスだったりズークだったり。
何故、ブルガリア人歌手、アルジェリア人歌手、日本人ベリーダンサーに、トロピカルダンスを踊る筋合いがあるのか。
我々のプロフェッションには全然関係もなく、本来なら、拒否しても全然問題のないもの。でも、そうは中々いかなかったりもする・・・。
このマネージャー、可能かどうかを考えずに、いつもアイディアばかりを打ち出す。計画性全くなくして迷惑を被るのは、彼以外のほぼ全ての人。そんな話はさておいて、1つ言えることは確か。
ブルガリア人の歌手、ベルギー人とハーフだけど、アルジェリア人の歌手兼踊り手、日本人のベリーダンサー。どう考えてもこんな組み合わせ、滅多にない。
ここで一歌。
寒空に チープな衣装 身にまとい 今日も踊るよ トロピカルかな
宣伝する気はほとほとないのだけれど(しかもタイミングが遅すぎるけれど)、アルジェにいらっしゃる日本人の方々、お暇でしたら是非いらしてください。意外な組み合わせ、今が旬です。ちなみに、トロピカルウィークは12月4日、木曜日で終わりますけれど、私たちトリオ(また一緒に何かをすることはないでしょうが、週末は同じ場所=1001Nuitsで彼女たちのバンドと、オリエンタルダンスが見られます)は来年早々まで健在です(ブルガリア人バンドの契約が1月4日までなので)。
2008年11月25日火曜日
ブルガリア
ヨーグルト、と言えばブルガリア。
ではブルガリアと言えば?
ヨーグルト。。。
と言いたい気持ちを抑えること約数秒。
だってここ、オテルシェラトンでは、ブルガリアはミュージシャンの産地だと思いたくなってしまうから。
私がここに派遣されて以来、過去10ヶ月の間替わったミュージシャンは約3グループ。そのうち、2グループがブルガリア人で結成されているバンド(まあ比率的には多い)。今年始め、私が当初ここにやってきた時からの数ヶ月と、ラマダン後、戻ってきてからの今現在。Zodiac Band
(写真を載せる許可、まだもらってないけどまあ良いだろう。明日確認、明日明日。)
メンバーはギタリストのアイヴァン(男性)、キーボードのニッキー(男性)、それにボーカルのシルヴィー(女性)。ちょっと変わった風貌の男性2人と独特で可愛く、魅力的なシルヴィー。現在はその3人に加勢する形でアルジェリア人の女性1人がボーカルとして加わっているのだけれど、元のバンド自体は、3人のブルガリア人。
今回私は、幸運にも彼らとの交流が、結構ある。
実は彼ら、ここに来る前はもう何年も韓国でミュージシャンとしての仕事をしていたそう。そして韓国が好きだという。そう言えば、以前のブルガリア人のバンドの人たちも韓国で仕事をしたことがあると言っていたことを思い出す。もちろん、3人とも、それぞれ別のバンドで今までで仕事で回った国々は数知れず。私たちオリエンタルダンサーと同様、彼らもまた短い契約であちこちを飛び回る。世の中、こんな職業もあるものなのだな、と我が身を忘れ、思ってみる。
リーダーのアイヴァンは、若く見えるけれど現在50歳前後。故郷ブルガリアには22歳の娘がいると言う。他の2人は暇さえあればタバコぷかぷか。でもタバコも吸わない、ユーモアたっぷり、一見真面目(実際真面目ですけど)なアイヴァンとの話で分かったこと。彼は出来ればブルガリアで家族と一緒に居たいということ。彼の奥さんも、以前同じバンドで世界を回っていたという。娘さんが小さい時は、家族でもまた、一緒に世界各国を回っていたと言う。ほぼ出席できない学校の勉強は、父娘でしていたとか。
今は娘も育ち、家族をブルガリアに残しているアイヴァン。同じ仕事をブルガリアでは出来ないの?という私の問いに対し、ブルガリアでは到底お金にならない、とアイヴァン。学校で音楽を教えるとか?と問うが、やはりそれもお金にならない、と。だからミュージシャンとして、海外で働く、と。
家族をブルガリアに残しているニッキーのシチュエーションも、どうやら同じよう。
シルヴィーもまた、同じ事を言う。私と歳が近く20代後半の彼女は、結婚はまだのものの、いずれは結婚して家族や友達がいるブルガリアで生活したいと言う(まあもちろんかも知れないけど)。10代のころからこの職業に就き、年に一度、故郷に帰れるか帰れないか。アイヴァンに聞いた質問を再度繰り返してみても、もちろん答えは同じ。自国で同じこと、もしくは音楽を教える先生になったとしても、その収入には頼れない、と。
だから、家族や友達に会えないのは淋しいけれど、この仕事を続けている、と。家族を残して一人海外へ仕事で出向く。
言ってみれば、皆、出稼ぎ。
ブルガリアは、1990年に共産主義から民主政体に変わったはものの、以来インフレがひどかったり、一部の人だけが潤うなど、一般の、普通の人は、生活していくのが大変なのだと言う。そしてそんな状況下から逃れる為、人がどんどん外に出て行く、と。あまり私には馴染みがない国だったブルガリア。以前の共産主義の影響か、よく暗い印象を受ける国、ブルガリア。
そんなブルガリアにも早く春が訪れますように。
仲良くなったバンドの彼らを思い、そう願う今日この頃。2008年11月20日木曜日
おフランス
上、とあるお部屋の窓から見える外の景色。
現在私の職場兼住まいでもあるシェラトンホテルは、首都アルジェのダウンタウンから25キロほど。渋滞がなければ車で20分ぐらい、の、はず。ホテルのあるこのエリアはClub des Pins(フランス語読みでクラブ・デ・パン)と呼ばれ、軍人さんとかお偉いさんのお家が多数あるとか。なので出入りする人たちも限られていて、このエリアに車で入っていく際には、バリケードと検問がある。
Club des Pinsから一番近く、歩くと20分ぐらいの距離にStaoueli(スタワリ)という街がある。
イスラム教のこの国は、本来ならお酒は厳禁。でもたまにお酒を出す飲食店があったり(一般的にホテルではお酒が飲めます、ホテル内はある意味治外法権?)、お酒を売っているお店があるのだけれど、近年このスタワリは、お酒を飲めるお店が多いといううわさ。何でも外国人がこのエリアに多くいて、需要があるからとか。
さてそんなスタワリに、2週間ほど前からこの私、フランス語教室に通うことに。以前に何度かレッスンを試みたはものの、全て上手くいかずじまい。誤解のないようご説明。いつも教えてくれる側に何らかの問題が発生し、あまり長く続かないという始末。やっぱりプライベートは無理だろうかと学校案を打診されるも中々見つかることもなく早4ヶ月・・・。
今回幸運にも一緒にフランス語を習いたいという人2人と一緒に始めたフランス語。もちろんレベルは、ゼロ。というより、いくら初心者クラスだからといってレベル・ワン(フランス語だとアンだけど)ではなくゼロっていう考え方がすごいな、と思ったりもする。
週に2回で値段は一ヶ月1,500ディナール(日本円で大体2,000円ほど。改めて、安っ)。
10人集まったら開講という決まりはあったものの、結局私たちが登録した時点での7人でスタートを決めたよう。
先生は、色黒の皮膚に白髪交じりの短髪、四角い眼鏡をかけた初老のおじさんが何ともほほえましい。初回、着席した教室をざっと見回すと、一緒に来ているフィリピン人、タンザニア人の他は、全てアルジェリア人のよう。若いお兄さんもいればマダムもいる。この国で、一体誰がフランス語を習うんだ?と思ってやってきたフランス語教室。アルジェリア人たちを目前に、私の中での想像と違う情景に多少戸惑ってみたりもする。
さすがレベル・ゼロ、Aアー、Bベー、Cセー、Dデー、Eウー(ここまでは是非とも書きたかった)、とアルファベットから始まるレッスン。すると遅れて入ってきた若いお兄さん、どこかで見かけたことがある。後でやっと気付いたけれど、彼は私が踊るレストランのスタッフが1人。驚いた。ホテル業でもフランス語がしゃべれない人がいるんだ、と。
アルジェリア人でフランス語を知らない人たちがフランス語を習う場合、重要なことは抑えてもらいたいと、初老の先生、説明するにはおのずと知れてアラビア語。私たちには辞書を引きつつ慣れない英語で説明してくれるけれど、残りのアルジェリア人にはアラビア語で説明する。ということは私にとっては好都合。フランス語を学びながらアルジェリアンアラビア語も分かってしまう。
フランス語で発音した単語の後に、「これはアラビーアでXXX」、と言われる度に私もリピート。聞き取ったアラビア語を、今習ったフランス語の単語にイコールサインを引っ張ってカタカナで記入。先生もそれを面白がってるのか、どの単語でも私のためにアラビア語をもう一度リピートして発音する。
フランス語の授業、そんなに嬉しそうにアラビア語に反応するならそこの君、アラビア語の学校に行きなさい。
ピュアにフランス語が話せる日はいつになる・・・。
上の写真、フランス語教室の窓から見える景色です。
