2008年4月24日木曜日

チップ

先日(といってもこれまた随分前)のことです。

私が踊るタッシリ・レストランでよく見かけた二人組み。

どこの方かは存じませんが、アラビア語で会話をする二人。一人はひげを生やしていつもベレー帽をかぶっている男性。もう一人はくりくり髪の男性。カテゴリーとしては二人ともお腹大き目の中年おじさん。

私の踊りをたいそう気に入ってくれたらしく、踊っている最中、近づいていけば拍手喝采。ショータイムは食べるのも忘れているように見受けられる。・・・冷めるよ、といらん心配もしてみたり。

ある日、朝食をとるレストランで私を見かけるなり二人、「ブラボー」とおっしゃって下さる。踊ってない寝起きのベリーダンサーにブラボーって・・・とは思いつつも愛想笑い。にっこり笑ってメルシーと返しておく。どうやらベレー帽をかぶったおじさん、それだけでは物足りないらしく会話をしようと試みる。

良いのか悪いのか、どんなことにおいてもあまり面倒なことに巻き込まれたくない私。わざとではないことを装い人と目を合わさないようにしたりもするんです。もちろん目が会えば誰でもにっこりぐらいはしますけれど。ここでも上手くかわして長い会話に発展しないよう最善の努力を尽くす。

結局、彼らは自分たちの朝食を済ませ、軽く会釈(というより手を振る)程度の挨拶をしてその場を後に。

さて、本日の問題はここから。

20分ぐらい経ってからだったはず。自分の朝食を済ませて部屋に戻る帰り道、私の視野に入ってきたのはさっきのベレー帽をかぶったおじさん(以後ベレーおじさん)。ロビーの端にある電話ブースの一角に、あたかも用があったかのごとくポーズを取って立っている。直感的にまずいと思った私は無意識のうちにおじさんを自分の視界から削除。見なかったことにして自分の進行方向まっしぐらに歩き続ける。するとおじさん、何を思ったのかものすごい勢いで私を追い抜かしていった。

まずいなんて思ってしまって悪かった、ベレーおじさん・・・。とちょっとだけホッとし、罪悪感を感じたその時、また私の目にはベレーおじさんが入ってくる。今度はエレベーターの前で待っている様子。そういうことか。追い越したと見せかけてエレベーターで一緒になろうって・・・やりそうなことだ。と再度警戒心を持ち直し、おじさんの後ろをなるべく気付かれないよう階段口を行く。普段から非常階段を使って上り下りしている私に、エレベーターは不要。上手くまけたかなと思い自分の階のエレベータホールに出て歩き出したその時、捕まった・・・。

なんて呼ばれたかは覚えてないけれど、やっぱりあのベレーおじさんが声を掛ける。彼、ゼーゼー言ってる。って、一階しか上がってないよ。確かに肥満気味のおじさん、私を見失わないように急いで階段を上がったのだろう。

「君のファンなんだ!」

(なるほど、そうきたか。うーん、でも私はしがないベリーダンサー。別にアイドルでも何でもないんです)

「ああ、ありがとう」

(それなら一転、一応ファンありきのベリーダンサー)

「だから電話で話そう!」

「はあ?」


訳が分からん。だからってなんだ?

「だから電話番号を!」

だからだからってなんなんだ???

「なんか話したいなら今ここで言ってよ」

と私。(こんなに冷たくは言いませんが)

「・・・いや、それは」

分からない!いやそれはって何なんだ・・・。

「私はパブリックでは話はしますが個人的にお話はしません」

(くどいようですが直訳したり文章にしたりすると冷たく聞こえますが冷たさはないんです)

「そうか・・・」

と、私が妥協しないと悟ったベレーおじさんは肩を落として消えていった。

数日後、またまたレストランで見かけた同上二人組み。やっぱり食べるのは二の次のよう。 普段から広いレストランを踊り歩く私。プログラムが全て終える時にはレストランの一番後ろで最後のお辞儀をすることもあるのですが、この日もフィナーレはレストランの一番後ろ。前方舞台横の扉の向こうはトイレと控え室に続くちょっとしたエリアなのですが、そこが私の出入り口。レストランの後方から前方まで歩きつつ色んな人にお礼の意味で投げキッスをする私。そしてちらっと視界に入ったさっきの二人組みのテーブル・・・ベレーおじさんがいない。

ここではあまり気にも留めなかったのですが、控え室に続くドアを開けてびっくり。ベレーおじさんが・・・。私もレストラン内に引き返すことも出来ず否応なしに悟る・・・おぬし、待ち伏せしとったな。私を見るなりおじさん笑みを浮かべて、頼んでもないのに近寄り私に一番大きなドル札だと思われるお札を無理やり手に握らせる。こわ・・・。

受け取れないという私におじさんしつこく良いではないか、と促す。ちょうどその時私のCDを返しにきたキーボードのタリック参上。私をおいて行かないでぇと目で訴える。タリックが状況を把握したのかそれともおじさんが怯んだのか、もう一度受け取れないと言った私にそれ以上お札を握らせることはなく、ホッと胸をなでおろす私。

ここでの契約は、チップは全般的に受け取ってはいけないことになっています。もちろんベレーおじさんが怪しげに渡してきたチップはいくらチップOKだったとしても怖いんで多分受け取ってはいませんが。

チップにまつわる話はたくさんあり、ダメだって言ってるのに衣装のあちこちにお札を入れてくれたお姉さん。その時は後でマネージャーが私から全額没収、お姉さんに返してました。だからそれ以来私はお金をごそごそと出そうとする人を見かけると口頭プラスジェスチャーでお金は受け取れないのよ、とお知らせするのです(もちろん踊りながら)。

レバノンで踊っていたときにもチップにまつわる話はいくつもあるし、ダンサー仲間から聞く話もたくさんあるんです。国によってもホテルによってもマネージメントによってもこの辺りは全て違うので一定のルールも何もありませんが、この辺りの話はチップ2とでも題して次回ってことで。

2008年4月22日火曜日

書きたいことがたくさん

只今保留中のエントリー、ざっと数えて25ほど。

書きたいことがたくさんあるくせに中々上手く書き出せない…上手く時間配分が出来ない。

と、まあタイムマネジメント能力に欠けているのか…。

実は今しがた書いていたエントリー、中々長く、でもストーリー性は抜群だ、と思っていたところ思わぬアクシデントで全て消え…怒りのぶつけどころも分からないまま夜も更けてきましたのでまた改めて。

それだけの文章じゃあ淋しいので、ついで感覚で写真です。

ホテルの友達のおばあちゃんのお家からの眺め。街中です。

反対側。

2008年4月7日月曜日

誕生日

4月7日は、そう。私の誕生日。

前日、それとなくホテルの友達に言ってみる。

「明日誕生日なんだ」

「それはおめでとう!何歳?」

「うーん・・・何歳に見える?」

「25歳!」

「いやいや」

「えー、じゃあ24歳」

「違うよ」

「じゃあ23」

ってあなた、25歳から下がるんかい(笑)。
まあアジア人は比較的若く見られるのは確かですが。

驚くか知れませんが、結局18歳まで下がりました。
確かに同じエージェントに18、9のダンサーもいないことはないからな。

そんななか当日、タッシリでささやかな、でも温かいお祝いをしてもらいました。

が、アラビアンバンドの生演奏をバックに当の本人が強制的にハッピーバースデーを日本語で歌わされる。なんで自分の誕生日に自分で歌を歌うのさ?しかも日本語でって日本語の歌はないよって言ってるのに構わず歌え!と。となると普通に字あまりな歌・・・。最後は面倒になってハッピーバースデートゥーミー。みんなうけて大笑い。とりあえずニューエイジ初の笑いが取れてちょっと満足気。

「ステージ」にて。

とりあえず踊る!

ケーキとろうそく!これ、やりたかった。

誕生会解散時、とき、すでに翌日。

そんなわけで今年も更なる飛躍を目指して精進してまいります。

2008年3月23日日曜日

スタッフパーティー

3月22日はホテルのスタッフパーティー。日頃の働きを称えてか、1,000人近くいるスタッフは誰でも参加できる催しものらしく、数日前から色んな人に踊るの?踊るの?とは聞かれてました。というのが私が踊る姿を見たことがある人たちは1,000人中多くても20人ぐらいのはずだから。

パーティーで踊ることはもちろん事前にお願いされていたのだけど、もちろん当日まで何がどうなっているかは知らされていない・・・(どうせ慣れっこだけど)。ただ、今回一つだけ知っていたのはケーキの中から登場!ということ。

会場は海の近くの大きなテント。外から見ると少しだけサーカスを思い出す。中は天井が高くやけに広い。下見に行った際私が見た踊るべきスペースはおそらく前方に設置されているダンスフロア。

当日、時間と簡単な説明を受けて向かった会場。控え場所には気付くとおっきな2段のチョコレートケーキが(もちろん偽者)。そしてそのケーキ、車輪と引っ張る紐がついている。なるほど、これで引っ張られるわけね、と見て思う。デコレーション用の周りのクリームも偽者かなと思い触ったらこれが大失敗。クリームは本物で手がべとべとになる始末。

ケーキには「入り口」があって、そこから入って暗いケーキの中で待機(変な話ですが)。 そのケーキの中、案外ちゃんとしていて、きちんと布で覆われて心地よくされてました。今までこの中で待機した人たちは一体何人いるのか、と、どうでも良いことを考えつつ。

中に入るときも、入ってからも、ケーキの中から登場する自分を想像してしまい、おかしくて笑ってしまう。登場間近、デコレーション用にこれまた周りに花火を散らしながらそのケーキを誰かがステージまで引っ張っていくという設定。花火を用意しながら誰かが、「この花火、メイド・イン・タイワン」と言う度に「私日本人」といちいち説明。

取り決めとしては、運んだ人がケーキをノックしたら私が紙で出来ているケーキの天上を突き破って上半身を出すというサプライズ。ただ心配事が一つ。紙で出来ているとはあれ、天上が上手く突き破られるか。そこで両手にナイフを持って突き破れば確実だろうとナイフのアイディアを事前に聞いたところ「大丈夫だからナイフは要らない」、と・・・。確かになぜベリーダンサーが両手にナイフをもってケーキの中から登場するか?そんなことは考えても誰もわからないのだから不可解な疑問はわざわざ作る必要はなし・・・。

もちろん、中に入る前に色々確認したつもりではあったはず。でも一つ重要なことを忘れてました。ケーキの中の暗闇で、私は一体どっちを向いておけば良かったかということ。動き出したケーキ、気が付いても遅すぎる。ごろごろ運ばれる間、冷静になり進行方向を体で確認。ベリーダンサー、何でも出来ないと勤まらないわ、なんて考える私。出発地点から終点までの位置関係から、おおよそどっち向けば人を向くかって言うのが分かって良かった、とホッとしたその瞬間、止まったと思ったケーキを誰かが意味もなく回す!困った!結局どっちがどっちだか分からなくなった時にケーキをコンコンとノックする音が。イチかバチか、とっさに人の声が聞こえる方向を向き、ケーキを突き破って出たところ、許容範囲でした(笑)。

その後がすごい。ちょっと間抜けな話ですが突き破って顔を見せた後はやっぱり入った「入り口」から出るしかないんです。でもケーキから脱出後、フロアぎりぎりには人だかりが。歓声もすごいわでやってるほうもかなり楽しい思いをさせていただきました。そして皆手には携帯。写真なんだか映像なんだか知りませんが、携帯を持ち始めると皆のリアクションは万国共通。

もちろん知ってる人も見かけたし、そうじゃない人も大勢いたけれど、ここで感じたのは、アルジェリア人は皆素直なんじゃないかなということ。人を引っ張リ出して踊ったりもしたし、投げキッスもした(私のは本当に投げる・笑)。見かければいつも挨拶する子に、日頃レストランではウエイターをやってる子、オフィスで働いている人やセキュリティーの人、全ての人が一体となった印象を受けました。

最後はせっかくあるのだからと高台のステージに上がってドラムソロを始めようものなら、今度はその人だかりが前進してきてどんなアイドル歌手のコンサートかと思うぐらい(もしくはKhaledか?)、でも正体は私、日本人ベリーダンサー。

後でレストランの仕事を始める前に、キーボードのタリックが、すごかったよ、アルジェリアのスターだね、と。それは大げさだと思うけれど、私のダンスで人を元気に出来れば嬉しい。もうちょっと欲を言うと鳥肌が立つほどの感動を与えたい。Khaledより有名になれるかな?(笑)

後日ある人曰く、面白い体験をしたね、だって普通ケーキの中って入れないよ、だって。・・・確かに。

写真は後日手に入ればアップします。

2008年3月19日水曜日

愛しのレバノン

レバノンが・・・恋しい。

ごめん。
そう、とりあえず日本よりレバノンの方が恋しい。

アルジェリアに来てから、そろそろ2ヶ月。

今回は経由地として、数日間しか滞在出来なかったレバノンが、あの国の人々が、あのハチャメチャさが・・・恋しい。

去年のおおよそを過ごしたあの国での体験は、想像を絶するそれはそれは笑いと呆れ、非常識に飛んだもの。もちろん、これらを面白いと思えるのは、一緒にそのときを過ごした仲間がいたからである故。ずっと一人でこれらのことを体験していたら滅入っていたかも。
大好きだけど、あそこの国民は、・・・おかしい。

やっぱり情熱家ゆえか、悲しくて悲しくて、早朝5時、家の玄関前(正確にはエージェントオフィスの入り口)で転げまわりながら大声で泣いたこと←これホント。大体悲しくても良識を持った人は涙は堪えられるところまで堪えるでしょ。もう玄関前なんだから中に入ってから泣けばいいものを。当時は我慢し切れなかった、多分半端ない量のお酒が入ってた自分。そして思う存分泣きはらした後家の中に入ると何故か爽快な気分になった自分。そして後々近所から騒音の苦情がなくて良かったと思った自分。

後日友人にこのことを話したらレバノン人みたい、って。レバノン人も・・・やるな。

ある夏の暑い日、プールに出かけた私ともう一人の日本人のお友達。彼女もまたレバノンに長期滞在していたことがある人なのですが、帰り際、ハタと止まった車には3人の男の子たち。歩いている私たちを見て、どこまで行くの?乗せてってあげるよ、との事。目的地を告げると(普通はこういうのは無視するべきかもしれないが)自分たちも同じ目的地だ!って。嘘をおっしゃい。

何を思ったかそのお友達、じゃあ乗っちゃおうか、とヒッチハイクを促す。まあ確かにここでタクシーを捕まえるのは大変そう。よくよく見ると彼らたち、さっきのプールでじろじろこちらを見ていた子達ではないですか。偶然を装い乗せてってあげるよって、いかにもレバノン人らしい。

結局一人の子が私の友人に気があったらしく、仲間がそれを応援しようって魂胆だったのですが、じゃあ残った二人がしょうがない、私に君のことが気に入ったよ・・・ってなんでそうなるかな。だから都合よくそこで完結付けようとしないでおくれ。彼と彼女は連絡先を交換してたみたいだけど、その後どうなったかは知りません。

後で聞いた話によると、彼女、「マリコさん(私)が一緒だから知らない人の車でも乗っても大丈夫だろうと思ってー」・・・って私は一体・・・何者?確かにその時点までで私が体験してきたことは想像を絶する面白おかしいことばかりではあったし、見知らぬ人の車で(言っとくが一人ではないです、いや、一、二度あったな)家まで送ってもらったことは何度かありました・・・。でも私がいるから大丈夫って・・・。確かに確かに日本で言うような悪い人はレバノンにはいない気もしますが・・・良い子の皆さんは決して真似しないで下さい。

ミュージッククリップから流れ出る甘いラブソングのビデオクリップに自分を照らし合わせたりして夢見心地だった時。友達曰く、こういうのがレバノン人+私たちの感覚を麻痺させてしまっている。なるほど納得。そういうことか・・・と、えらく痛感。

お友達(こちらは日本人ではありません)が多少「お付き合い」していたレバノン人の彼の話。その日私たちは彼女と共にレバノン料理晩餐のお食事に招待されました。でもここで彼は同席した他の男性と彼女が親しく話をしているのを見て(いや、ほんとに話してただけです)何を思ったかドラマの1シーンを繰り広げ始めました。嫉妬からきているのか、まずはナイフを片手にお皿をガツガツたたく(これ、サスペンス劇場)。

そしてレストランを後にする私たちに、送っていこうと思い自分の車を手配したのかと思いきや(高級そうないい車です)、運転席からまだ外にいる私たちの中の彼女にいきなり怒鳴り散らし始める、そして私たちにも忘れず一声「Sorry guys」、と言い残し、思い切りアクセルを踏み鳴らし消えてった彼(これ、心痛む失恋シーン)。おそらく車には良くないだろうなと思う運転で、そっち行っても何もないでしょって方向に行きました。

そして何時間か後、レストランで同席した人たちと一緒にクラブに行った私たちを追ってか、そこしか行くところがなかったのか、前に述べた彼が同じクラブに登場しました。彼はあの街で多分1位2位を争うshow off(見せびらかし屋)。ベイルートで彼のドラマクイーンさを知っている人も多いのでは?そしてそのクラブでのこと。彼女を見つけた彼は彼女に耳打ちして「I love you 」って言ったらしい(これ、感動の愛の場面)。

申し訳ないがおかしくてしょうがない。だってこれ全部絶対本心ではない。彼は、自分が作り上げるドラマの中で暮らしている・・・。ちなみに彼、クラブに行くと必ずシャンパンを開けてクラブ中に自分の名前が響き渡ることに喜びを感じているよう・・・。

これからもその彼の話は「伝説」として伝え受け継がれる(?)。

この彼は例外的要素を持ち合わせているとは思うけれど、まあこんな国民が勢ぞろいした国での出来事は半端なものではとどまらないのです。場合によっては良くも悪くも取れるでしょうが、私自身、何故か憎めなくて好きかも。

そんな人たちと関わることがないここでの私。心を乱すものがないということは平穏な日々を暮らせているということ。決して悪いことでは・・・ない。

が、ということは私の踊りにも平穏さが反映してくるということ?いやいや。そうではなくあって欲しい。ある生徒さん曰く、私にとっての男性は踊りの肥やしにするべし、だそう。そうか(薄々気付いてはいたんだけど)。単純な私はやけに納得。いちいち気にかけてたら時間がもったいない。とりあえず踊りに集中だ。

ゆっくり海でも眺めてここにいる間は自分を保養させよう。

2008年3月17日月曜日

Khaled

アルジェリア発のライ音楽(Rai)の王様 Khaledが、昨夜レストランに!(数日前ですが)


1セット目はいなかった彼、2セット目が始まる前、控え室に入った私に誰かが教えてくれました。

というのも、前もって聞いてなければ、私はおそらくそのアルジェリアのスターを見落としていたであろうから・・・。でも彼、そのままです。

Cheb Khaled
男性に使われるYoungという意味のCheb、現在彼はKhaledとして知られています。もう若くないから? 1960年アルジェリア、オーラン生まれ。
ちなみにDJ. Khaledとは関係ないと思います。これかなり余談。

14歳にして初のシングル"Trigue Lycée" ("Road to High School")をレコーディング、その後西洋の楽器やスタジオ技術を起用し1980年代からのライ音楽の発展に貢献している。アルジェリア国家がライ音楽をオフィシャルにアルジェリアの代表的な音楽としたことで、愛やアルコール、ドラッグなど、イスラム原理主義者たちのタブーを題材として歌うライ音楽家のKhaledは、原理主義者からの脅迫を受けて1986年にフランスに移住して活動せざるを得ない結果となった。

彼の音楽はまた女性解放と社会的平等さを歌ったものでもある。

有名な代表作としては、ある男性のAicha(アイシャという女性の名前)への愛の嘆きを歌った「Aicha」。
Aichaは彼が彼女への愛のため、くれようとする全てのものを要らないという、それらの宝物は彼が自分のために取っておくべきだと。たとえ金で出来ていても檻は檻。彼女はもっと価値がある、そしてそれは平等な権利とリスペクト、本物の愛からくるものだ、と。
http://www.youtube.com/watch?v=iIyyPsqRweE

「Didi」 (音も映像も残念ながら質の良いものが見つかりませんでした)
こちらはインドでも大ヒットしたよう。
http://www.youtube.com/watch?v=rm8tr82TEgU&feature=related

これはMilk&Honeyの「Didi」リメイクバージョン

女性デュオ。どっちかがアルジェリア出身でどっちかがドイツ人と聞きましたが必然的に金髪のほうがドイツ人だろうな・・。

(ベリーダンス取り入れるならもうちょっと頑張って欲しい・・・)

http://www.youtube.com/watch?v=MqWYDlVCM8Q&feature=related

個人的に好きな曲「Henna」
http://www.youtube.com/watch?v=hVIJdh6W348

実は私、Cheb Khaledはずーいぶん前から知っていたくせに、彼がアルジェリア人だってことをここに来るまで知らなかった不届きモノなのです。ベリーダンスを始めた当初の先生がアフリカ色の濃いものが好きだったらしく(果たしてKhaledがアフリカ色を前面に出しているかというと疑問がありますが)、ベリーダンスとうたっている彼女のクラスでは何故かCheb Khaledの音楽が流れていた記憶がします。

今思うと、だから私は最初の2年は無駄にした、と否応なしにと思ってしまう・・・。

その先生も面白い人で好きでしたが、その時はあまり上達してなかったんじゃないかな、と振り返り思い出す。

2008年3月12日水曜日

寂しい?

今夜、散歩に出かけた。

といってもホテルの敷地内の海岸を横に見ながら歩く、それだけの散歩。

仕事が終わり、控え室でいつものようにキーボードのタリックがCDを持って来てくれるのを待っていたら「疲れたの?」って。いつもは座ってないのに今日は座ってたから、だって。よく観察してるね、私自身気付かなかったよ。

疲れたわけじゃないけど、なんか寂しいのかも。お母さん?とタリック。うーん、お母さんではないけど(ごめんよ母さん)別にこれといって何とか誰でもないんだよね。そんな私にタリックは、散歩して外の空気を吸ってみれば?って提案してくれた(もちろんこの辺はボディーランゲージ)。タリックは、本当に優しい人。同じエージェントから他のダンサーが何人もここに派遣されているけれど、皆口を揃えて彼は信頼できる人、という。私もそれは同意します。

少し肌寒いけれど、遠くの空、地平線すれすれに見えるオレンジ色の三日月。波の音を聞き、広く開かれた空を見上げる。ずっと見つめると今まで暗かった空が、見えなかったたくさんの星が輝きだす。思いがけず出くわした満天の星空に、しみじみと人間のちっぽけさを思い知らされる。この広い空に、広い海、何万光年(そんなに遠くない?)もの無数の星。こんなに広大なものの中に暮らす私たち。

人間の一生なんて一瞬の長さでしかないんだろうな。そんな中で一日、踊る時間なんて無に等しいものかもしれない。でも私にとってはかけがえのない輝きの時間(輝ける時間ではありません、輝きの時間なんです)。悔いのない様、日々大切に暮らしていきます。

星と自分、無理やり関係付けないでいいって・・・。ちなみに光年とは天文学で使用される距離の単位で、光が一年間に進む距離。なので、年とついているが時間の単位でないそう・・・だから上記に関係付けた話は全てチャラ。ちょっと賢くなった?と思ったのは私だけ?

ポスト仕事。

あ、流れ星見っけ。